GQ Sports「オータニはいかにして野球の楽しさを復活させたのか」(その8 ―最終章)

GQがウェブ上で公開した大谷選手へのインタビューの日本語訳、パート8、いよいよフィナーレである。

「野球少年」とは何かと聞かれて、自分の子供の頃を回想する大谷。彼についてはよく言われるように「野球少年がそのまま大人になった」という表現がぴったりのようだ。

なお本稿はあくまで私訳です。膨大な量を急いで訳したので意訳やはしょりもありますし、ところどころに誤訳や勘違いも見受けられると思いますがご容赦願います。正確にはGQのサイトに掲載されている原文をご覧ください。

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極めつけの偉業がいくつかある。制限への反抗、初めて目にするどころか、かつて誰も見たこともない爆発だ。

二刀流の有用性はある。神聖化されるほど専門化しているスキルの両方の達人となること、球界に影響を与えるほど並はずれた才能を持ち合わせたスターが新しく現れた時、その才能をどのように発揮させるかというフレッシュな青写真。これらはショーヘイ・オータニによって切り開かれ、野球の常識を打ち破った。むしろ昔やっていたことを現代によみがえらせたのかもしれないが。

本物の二刀流スーパースターによって可能性が再認識された。ベースボールがスポーツに君臨していた頃の事を我々に思い出させてくれた。

ワンプレー、ワンプレーが観衆を熱狂させた。通りを歩く人たちも立ち止まり、テレビやラジオの前に人だかりが出来た。敬遠すると相手チームのファンにブーイングするようにけしかけた。去年の夏に大谷の大ホームランを見る可能性を奪われたファンがブーイングしたように。

言葉を換えれば、ショーヘイ・オータニはベースボールを1951年に引き戻した。それは、The Shot Heard Round the Worldの音を自分の耳で聞いたファンのため(あるいは少なくともデリ-ロの小説でそれについて読んだことのあるファンのため)。

(管理人注:The Shot Heard Round the World とは1951年10月のジャイアンツ対ドジャースのプレーオフでジャイアンツのボビー・トンプソンが放った歴史的サヨナラホームランのこと。アメリカでは南北戦争開始を告げた銃弾に例えられる。アメリカの有名な小説家ドン・デリーロが1997年に著書Underworldで取り上げた)

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それとも1978年か?やっぱり1993年か?私と同年代の人間で、ケン・グリフィーJrが大統領よりもパワフルだったと思わない人間がいるだろうか?

新しい、古いと言う以上に、野球への情熱をまだ失っていないアメリカの野球ファンにとって、日本のファンが毎日感じているような興奮を取り戻すのを手助けしてくれている。

ショーヘイは我々が思い出したように、昔の野球と今の野球を行ったり来たりする機会を与えてくれ、どちらにも愛すべきものと光が当たるものがあると言うことを教えてくれた。

ショーヘイは我々のこの感傷を自身が最高の選手でいることで思い起こさせてくれる。

しかし同時に、彼が我々にそう思わせる方法は単に野球を愛する事によってであり、それほど野球を愛する人間がいるなんて私は思いもしなかった。

少なくともそんな野球への接し方が出来るのは子供だけだと思っていた。

私が「もし実際よりも5年早くアメリカに来ていたら今の自分とどう違っていたと思うか」と尋ねた時、彼は野球についての結果にだけフォーカスして返答した ― メジャーで成功できたかどうかは分からないと。

しかし「気持ち的にはどうか、成熟度は?違いがあっただろうか?」と聞いてみた。

ショーヘイ
「正直に言うと、現在でも私は18歳の頃と本質的には変わっていないと思います。5年早く来たからと言って大きな違いはなかったでしょう。日本では寮に住んで、ひたすら野球をしていました」

すなわち、野球に対してピュアに没頭できる時というのは、シンプルに暮らし、余計なことは考えないことで維持される。今で言えば、アパート、球場、テスラ、テイクアウトの食事だ。

ボートがドックに戻ってきた時、彼はボートの所有者のバレロ氏にボートツアーへの謝辞を述べ、英語で「Nice Ride !」(素晴らしい旅だった)と言った。私が「君だってこんなボートの1隻や2隻買えるだろう」と言うと彼は信じられないというような顔をして

「高すぎますよ」

と言った。

去り際に私は「ヤキュウ・ショーネンとは何かを君の言葉で説明してくれないか」と聞いた。

ショーヘイ
「ヤキュウ・ショーネンというのは野球が好きでたまらない子供のことですよ。野球をするのが楽しくて仕方がないんです。私がヤキュウ・ショーネンだった頃、一日中野球をするのがとても楽しかったんです。なぜならちょうど野球を覚え立ての頃で、本当に楽しくて仕方がなかった――何よりも楽しかった。

全ての練習はいつも週末に行われていました。だから私は早く練習と試合がしたくて、月曜から金曜までずっと週末が来るのを待ちわびていたのです」

私が「ヤキュウ・ショーネンという言葉はプロレベルの人間を形容するにも使うことができるだろうか」と聞いてみた。誰か、そうだね、完全にピュアな楽しみのためにプレーする選手とか、微笑んだかと思えば、何かやらかした時には対戦相手にも頭を下げる選手とか、学校のある長い月曜から金曜までが終わり、ようやくやってきた週末の試合のように全ての試合をプレーする選手とか。

「文字通りベースボール・ボーイって意味ですよ。でも、もちろん、そんなプロの選手もいるんじゃないかと思います」

と言ってショーヘイは笑った。


管理人のあとがき
これまで新聞等はよく訳していたのだが、ファッション誌のインタビューとなるとこうも勝手が違うのかと戸惑った。会話ベースなので挿入句が多いし、簡単な意味の単語だからと普通に訳すとなんかおかしい。調べてみると全然違う意味のスラングやイディオムだったとかが頻発。
またアメリカ人には常識の事柄が前提で話が進む箇所もあり、そこを全く予備知識がない日本人が理解するのは一段とハードルが高い。
例えば「The Shot Heard Round the World」という言葉が出てくるが、直訳すれば「世界に響き渡った銃弾」何のことだか分からないが、調べると南北戦争の開始の合図となった銃弾のことらしい。しかし今度は大谷と南北戦争がどう関係するのかますますわからなくなってくる。
さらに調べると1951年のプレーオフでジャイアンツの選手が打ったサヨナラホームランを例えてそう言うのだと知った。このホームランで勝ったジャイアンツは13.5ゲーム差から逆転優勝を遂げたので、まさに歴史に残る一発だったわけだ。日本で言えば「10.19」みたいなものか。そりゃよほどのメジャー通でなきゃ何のことか分からないわ。
考えてみればアメリカ人に「どこでもドアがあればな」とか「洞が峠を決め込む」とかいう会話は何のことだかわからないのと同じだろう。
なので、極力原文に沿いたいとは思っていたが、あまり一語一語の意味にとらわれず前後の文脈を重視して訳してみた。
それにしても日本語にもいろいろな言い回しがあるものだと実感。「言う」という単語一つにしても、しゃべる、話す、口にする、言葉にする、口に出る、述べる、答える、発する・・・・言葉は難しいし、奥も深い。

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