エンゼルス名勝負選:崖っぷちのチームが演じたMLB史上最大の逆転劇

2002年ワールドシリーズ第6戦 (2002年10月26日)

エンゼルス 6-5 ジャイアンツ

エンゼルスタジアムで観戦すると、プレイボール直前にエンゼルスの過去の試合のオマージュビデオが流れるが、毎年そのハイライトは2002年のワールドシリーズ第6戦と第7戦である。

特に第6戦は、負けたらシリーズ敗退という崖っぷちのチームが演じたMLB史上最大の逆転劇だった。

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
ジャイアンツ 0 0 0 0 3 1 1 0 0 5 8 1
エンゼルス 0 0 0 0 0 0 3 3 X 6 10 1

勝: ブレンダン・ドネリー(1-0)  敗: ティム・ウォーレル(1-1)  S: トロイ・パーシバル(2)
本:  SF – バリー・ボンズ(4) ショーン・ダンストン(1)  LAA – ダリン・アースタッド(1) スコット・スピージオ(1)

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2002年ワールドシリーズ第6戦ハイライト(YouTube動画)

エンゼルス、ジャイアンツともワイルドカードから勝ち上がったチーム同士であった。これはワイルドカード制度が始まってから初めてのこと。ジャイアンツには前年73本のホームランを打った全盛期のバリー・ボンズが君臨しており、阪神タイガースからメジャーに挑戦した新庄剛志もいた。

4回までは投手戦だったが、そこからジャイアンツの長距離砲が火を吹く。この試合、管理人は三塁とレフトの中間あたりの席で観戦していたのだが、6回にバリー・ボンズが、今シリーズ神がかった投球を見せていたフランシスコ・ロドリゲスから、シリーズ4本目の本塁打をライトへ叩き込んだのを見て「もうダメだ」と思ったものだ。ボンズはこのワールドシリーズで30打席で21回も出塁し(7つの敬遠を含む)、17打数8安打、4ホーマー、2二塁打と手がつけられなかった。

7回表を終わって、0-5とジャイアンツが圧倒的に優勢となった。野球の記録サイトBaseball Referenceによると、この時点でジャイアンツが勝つ確率は96%と計算されていた。

7回裏、先頭打者が倒れエンゼルスに残されたアウトは8つ。が、そこから5番グラウス、6番フルマーが連続ヒット。ジャイアンツとしては、この時点で5点差あるのでまだ慌てる局面ではないが、マウンドへ行ったベイカー監督は無失点の先発オルティスを引っ込めた。その際、ベーカーは「ワールドシリーズ優勝試合の勝利投手の記念」とばかりに、マウンドから去るオルティスにゲームボールを手渡した。ベーカー始めジャイアンツの誰もが「もう勝った」と思っていたのだろう。この時テレビではジャイアンツのベンチ裏の優勝祝賀の準備の様子が映し出されていた。

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代わったフェリックス・ロドリゲスが迎えたのは7番スピージオ。スイッチヒッターで、レギュラーシーズンのホームランは12本とそれほど長打力のある選手ではない。しかしスピージオがカウント3-2から低めの球をすくいあげると、打球は高々と上がり、ライトスタンドぎりぎりに飛び込むシリーズ1号の3ランホームランとなった。

この1発で球場のムードが一変した(確率的にはまだ2点リードするジャイアンツの勝利確率は93%と計算されていた)。続く8回裏、先頭の2番アースタッドが1-1からライトスタンドへシリーズ1号となるソロ本塁打を叩き込みついに1点差。続く3番サーモンはセンター前に落とす。さらに4番アンダーソンの打球はレフト線へフラフラっと上がったポテンヒットとなる。しかも打球を追った左翼手バリー・ボンズは足がもつれてツーベースヒットにしてしまう。無死2、3塁と勢いは完全にエンゼルスだ。

ジャイアンツもクローザーのロブ・ネンを繰り出し必死の防戦。打席に入るは5番グラウス。グラウスはネンの4球目をフルスイングすると、打球はレフト・センター間を真っ二つ。3塁、2塁から次々とランナーがホームへ帰り、6-5とついに逆転である。

迎えた9回、エンゼルスの守護神トロイ・パーシバルがマウンドに上がる。きっちり3人で片付け、エンゼルスの球団史上、いやMLB史上に残る大逆転劇が完成したのだった。

翌第7戦、前日の勢いに乗ったエンゼルスは4対1で勝利し、チーム初のワールドシリーズ制覇を成し遂げた。

MLBの通算本塁打記録を持ち、史上最高の選手と言われたバリー・ボンズだが(後年、薬物疑惑で名声を落としてしまったが)、自身初のワールドシリーズ制覇の最大のチャンスを逃し、結局引退までチャンピオンリングを手にすることはなかった。なお、この試合、新庄剛志の出番はなかった。

すでに16年前の出来事になってしまったが、このワールドシリーズ制覇を経験した選手で現役を続けているのは、20歳の新人だったフランシスコ・ロドリゲス(フィリーズとマイナー契約)と、第7戦で先発し勝利投手となった、同じく新人のジョン・ラッキー(現在FA)の二人だけになってしまっている。

特にこの2002年のロドリゲスは、プレーオフ11試合に登板し、18.2回で28奪三振を奪うというとんでもない奪三振マシンとなっていた。信じられないほどキレキレのスライダーで、打者が皆ワンバウンドになる球を振って三振していくのは管理人にとっても忘れられない。

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